孤高の巨匠

ハイドシェック 2011 日本ツアーのタイトルは「孤高の巨匠」となっているのですが、パッと見一寸大げさかなとも思えるフレーズなんですが、噛めば噛むほど味があってこれ以上のフレーズもなかなか浮かばないなと思えてくるわけです。

ボクが「孤高」という言葉と出会ったのは新田次郎の「孤高の人」が最初で、小学校1年のときから山好きの父に連れられ穂高などに登ったり、新田次郎の山岳小説もほとんど家にあったので、小〜中学校の頃にはそれもほとんど読んでいたのですが、その中で唯一、いまだに主人公の名前まで覚えているのがこの「孤高の人」です。

あらためて「孤高」の意味を調べてみると、

・・・ある種の信念や美学に基づいて、集団に属さず他者と離れることで必要以上の苦労を1人で負うような人の中長期的な行動とその様態の全般を指す。・・・私利私欲を求めず他者と妥協することなく「名誉」や「誇り」といったものを重視する・・・迎合主義の対極に位置する。

( 参照:Wikipedia )

ということで、外から見た結果論的な書き方ではあるものの、まさにという感じなんですが、迎合主義をそれとは感じないまま迎合している状態(=大衆、群衆)から見ると、

協調性を欠いた独自の態度を軽く批判する場合にも用いられる (同上)

ということにもなっちゃうんですよね。

この〔受け入れる側〕というのがかなり面白いもので、例えば時代によっても、バッハでさえメンデルスゾーンに再評価されるまで忘れられていた時期があったり、ブグローなんてボクが習った頃の美術の教科書には載ってなかったと思います。

ブグローは当時は非常に有名で地位や経歴も巨匠と呼ばれるに相応しい画家でしたが、その後に続く印象派(ルノワールやセザンヌ)に好意的ではなく、印象派から見ても古典は“つまらない”とか”月並み”というまったくくだらない理由で、印象派の時代になると、ともすると蔑視すらされるようにして忘れ去られたのではないかと思いますし、この流れはいまだに受け継がれている部分も多く、したり顔で印象派を絶対視する「ちょっと知識のある人」たちもまだたくさんいる様な気もします。

ターニャさんが、「日本の人は、どうしてオペラ座(ガルニエ)の話になると、シャガールの天井画のことしか言わないの?」と言っていたのを思い出します。

こういう話になるとまたネガティブな方向に進みがちなのですが、この「孤高」をキーワードにすると、不思議なことに、例のヴィヨンの詩が読めてくることに気づきました。

元旦の日記の3日後くらいに、電話しても留守だと言って実はまた手紙をもらったんですが(笑)、またあのチャーミングな絵が再び手元に届き、今年のテーマも再び「ヴィヨン」で決定かという雰囲気なんですが(笑)、

例えば、あの詩の中の ”イギリス人の火刑に処される「ジャンヌ・ダルク」”を詠む”囚われの死刑囚「ヴィヨン」”を”曲にして演奏する「ハイドシェック」”を【孤高】というキーワードでもって見事に貫けるわけです。

この気付きはイマジンさんのライターさんのおかげなんですが(笑)、タイミングとしてやっぱり何か大きな力を感じずにはいられない今年の幕開けです。

「野生」が「野生」という言葉を持たないように、「孤高」である人は「孤高」であるという意識を持たないと思うので、それはそれを感じる人が感じるものだと思うのですが、ハイドシェックのコンサートのパンフレットやCDのライナーには「孤高」という言葉は使わないにしても、その特徴をうまく表現した文章がよくあって、ハイドシェックの詩的な楽曲の解説と併せてひとまとめにできる機会があれば良いなと常々思うのですが、それはさておき、

テイチク盤の「フォーレ・リサイタル」のライナーの文章が、それを書かれた玉木正之さんのホームページでそのまま読むことができるので、参照させていただきます。→こちら

ボクもこのCDを聴いたとき、フォーレなんてひとつも分からないくせにこの独特の世界に引き込まれて、勢い余って後日この録音会場の教会の前まで案内してもらう結果になったのですが、

この玉木さんのライナーも、いちいち頷きながら楽しませていただいたのを覚えています。

内容もそうですが、

〜〜〜“幻のピアニスト”だかなんだか知らないが、“ふつうのピアニスト”然とした風貌のジャケット写真を見て、困り果ててしまった。どんな感想をいえばいいの か・・・。ところが、ぼくはピアノの演奏の善し悪しがまったくわからないので・・・といった予定稿ともいうべき感想を口にしながらディスクをプレイヤーに かけた瞬間、そんな困惑は跡形もなく吹き飛んでしまった。〜〜〜

という玉木さんの立ち位置にもすごく共感するものがあって、今更ながら、この文章はぜひお勧めです。

で、どんどんこの日記の着地点を見失って行くのですが(笑)、

「孤高」は迎合主義、すなわち、時代やジャンルを輪切りにした断面の中心〔最大公約数〕とは対極にあって、しかしながら、時代やジャンルを超越した同種の〔個の人生の結晶〕を貫く〔最小公倍数〕として捉えることが出来るのではないか・・・という、えらく漠然としたところで一旦着地して、今年もまたグダグダな感じで始まっておきたいと思います。

もうこの時点でここまで読んでる人はいないと思いますが(笑)、新年早々、やっぱり〔最大公約数〕側には行けないというギブ・アップ宣言の日記でした。

ということで、今年もやっぱり貧乏なんだと思います。

あーあ。

孤高の巨匠」への3件のフィードバック

  1. magnet

    こんばんは♪
    今年もどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

    この手の調べものや掘り下げ方は流石です!
    いちいち頷きながら楽しませていただきました(笑)

    私もいつの間にかハイドシェックファン暦20年を超えて21年目に突入しているのですが、
    この「孤高の巨匠」という言葉、どこかで見たことがあるなぁと思って調べてみたら、
    「ハイドシェックin宇和島(宇和島ライブ3)」の1991年発売盤のライナーで、
    作家の宇神幸男氏が使用していました。
    この文章は再発売盤では割愛されてしまっているかもしれませんが・・・

    本当にハイドシェックにピッタリのタイトルだと思います。
    宇神氏とイマジンさんに「ブラヴォー!」を送りたいです。

  2. BB 投稿作成者

    ♪magnetさん
    毎々どうもありがとうございます♪
    今年もどうぞよろしくお願いします!

    さすがmagnetさん、ハイドシェック関連のワードを脳内で全文検索できるのがすごすぎます!(笑)

    手持ちの宇和島3(’97年盤)には、やっぱり載っていませんでした(涙)

    このライナー(’97年盤)でボクが強く印象に残っているのは、ケンプについて「彼と一緒に勉強したんだ…」というハイドシェックの言葉が印象に残った云々の下りで、これは日本語の「師事する」にあたる英語「study with〜」を直訳したものだと思われるのですが、そもそも「師事する」という言葉の捉え方自体が、(日本(…というか儒教的な)のピアノを含めた)教育全体の既成概念として権威主義的な意味合いを多分に含みながら、日記本文中の〔最大公約数〕的な使われ方をしている(「師事する」と「study with〜」は、同義であってもベクトルの向きが全く逆…という)象徴の様な気がしてならないのですが、コメント欄を良いことに、ついでに吐かせてください(笑)すみません(笑)

    今更気づいたんですが、宇和島は「宇」和島、「宇」神さん、「宇」野さんなんですね。
    宇宙が交差してますね〜(笑)

  3. ピンバック: 「孤高」の補足 | ピアノの塗装とか修理をやってます。【ぴやのや日記】

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