土作りが面白そう 〜炭素循環農法〜

ということで、1坪強の小さな畑にジャガイモの種芋を植えてみました。

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作物も畑自体もまったく初めての経験なので、昨年の秋頃から野菜や畑の作り方などをちょこちょこと調べているうちに「炭素循環農法」なるものに興味が出てきたので、その様な理屈で作ってみようと思っているのですが、要は「土を作れば勝手に野菜を育ててくれる」という様な農法なんだそうで、土さえ出来れば肥料も農薬も水やりさえも要らないという、ボクの「やるときゃやるけどやらないときは全然やらない」というなまくらな性格にとっては夢の様な農法だというだけの理由なんですけど(笑)

とはいえ、根圏微生物だとか植物ホルモンだとかを調べていると、大脳辺縁系とか神経伝達物質とかの理屈にもあながち遠からずといったところで、ルソーが社会契約論やエミールを書いたのよりも精神衛生上無理が無い方向で、その「自然に帰れ」というテーマの延長線上を踏んで行くことが出来るジャンルなのではないかということなども思いつつ・・・そもそもルソーや宣長や広義のルネサンスの風潮だとかは、基本的に「自然に帰れ」というのではなくて「自然に立ち返れ」ということが言いたかったのだと常々思うのですが… 意味不明ですみません(笑)

で、具体的には、土の中で好気性の微生物を増やすため、土の中に空気と微生物のエサ(有機炭素)を増やせば良いらしいのですが、先日も書いた様に、ここの土はかなり粘り気のある粘土質であることと、もともと山だったところを削ってできた地面だということもあって、空気も炭素も”自然”ではなく”強引”に入れる様にしないといけないわけで・・・

ということで、なんとなくその理屈に合う様なイメージで畑を作ってみています。

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畝をなるべく高くして、側溝の一部を削って、畝の間はそこに排水が集まる様に勾配を付けた水路となるようにしました。(とにかく、雨が降るとほとんど地中には染み込まない様な土なので、通路に水たまりが出来ない様に雨の日に水の流れを確認・修正済み(笑))

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降雨時は水路が暗渠として確保される様、また、雨の無い日には通気性を確保する様に、畝の間の底の部分には太めの枝をざくっと入れてみました。
竹があればこの部分に使ってみたかったんですが、とりあえずその辺にあった材料で。

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枝の上に、剪定した木の枝を細かくしたものや朽ち木を砕いたものなどを入れてみました。
また、土には表層に籾殻をまぶしてみました。

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その上に(畝間)、昨秋に庭の落ち葉を集めていたものかぶせています。

後は、近所の農業の人が堆肥にするために日常的に廃菌床を使っている様なのでそれを少し分けてもらったり、剪定枝のチップを表層に少しまぶして一応形としては完成の予定なのですが、とりあえず、菌を増やすにはまず作物を植えなければ…ということもあるので、また追々に。

その近所の人には「とりあえず最初は失敗してみられ。」というたいへん有り難い言葉もいただいているので(笑)、また、「農家の数だけ農法がある」という様なことをどこかで読んだこともあって、まずは思う存分好き勝手にやってみようと思っています。


追記(4/7)

その後、

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朽ち木を砕いて表面に軽く抄き込みました。

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前出の近所の農業の人のところに廃菌床がとどいたので、一輪車でもらいに行って全体に軽く散蒔いてみました。
畑のかたちになってからは初めてその近所の人がこれを見て、窒素飢餓のことやらいろいろ教えてくれながら不思議そうに首を傾げて見ていました(笑)

炭素循環農法では、いわゆるN(窒素)、P(リン酸)、K(カリ)という様な、植物が直接吸収可能な形の肥効成分は畑に入れないのだそうで、そのへんの難しことはすべて微生物にお任せで、微生物のための炭素と空気のみを入れるという方法なんだそうですが、窒素飢餓についても、炭素資材の嫌気下での腐敗分解(いわゆる堆肥化の過程)→窒素吸収阻害物質生成→植物の窒素吸収活性低下→窒素不足という解釈らしいです。

「まぁ、やってみられよ。」
という、アウェーな生暖かい空気感が、たぶんボクは大好きなんですね(笑)

念願の・・・

仕事が暇なこともあって(笑)ここ最近は料理なんかもする様になり、また、山の家にいるときは周りの空気の良さもあってか、なるべくシンプルなものを食べたくなって、玄米を食べたり野菜中心のメニューになったりしているのですが、この延長線上で視野に入ってくるのが「畑作り」なわけで、昨年から建物の横の方にある斜面を削って小さな畑を作ろうと思っていたのですが作業が全然間に合わず、それでもこの春には何かを植えてみたかったので、急遽、反対側の横の小さなスペースをほじくって突貫工事で畑を作っているところです。

建物の南側ではあるのですが、そのさらに南側の上方に急な斜面があるので日照時間はあまり無い場所で、冬には屋根の雪が落ちてきて春まで山になっている様なところなので畑の条件としてはかなり悪いんじゃないかと思います。それに加えて、この辺一帯の土は瓦の材料になるほどの粘土質なんだそうで、水はけとかいろいろ面倒な予感がしているのですが、それでもやっぱり何となく畑の形が出来てくると嬉しいものです。

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1〜2坪ほどのかわいらしい大きさですが、昨日用事の途中のホームセンターの入り口に並んでいたジャガイモの種芋を買ってきたので、近々植えてみようと思います。

ルソーと宣長と去年の雪

久しぶりに、もやもやネタを復活…というか、ブログを書くのもとっても久しぶりなんですが(笑)

ということで、この度あらためてこのカテゴリーの名称も「もやもや」ということにしました。

ブログ全体を「もやもや日記」にしようかとも思ったんですけど、それはまたの機会に(笑)

基本的に独り語りのこのブログの中でも更に偏ったつぶやきのコーナーがこの「もやもや」カテなわけですが、ここに来てほぼ完全にアレです。社会から分断された聖域というか(笑)

さて、ではボチボチ。

・・・・・

この1月にパリで起きた新聞社襲撃事件とその後の大規模デモに前後して、ちょうどその頃には長らく積んでおいたルソーの「孤独な散歩者の夢想」をはじめ、「人間不平等起原論・社会契約論」、「学問芸術論」などを読んでいたこともあり、にわかにフランス革命を連想させるものがあってこの主題にもどるきっかけともなっているのですが、「孤独な散歩者…」はいづみこさんの御祖父君、青柳瑞穂の訳のものを読んでいた最中に、いづみこさんのウォールでドビュッシーと島崎藤村を絡める投稿があり、以前”飛騨人”云々を考えていた折、藤村の「夜明け前」に行き当たっていたことなどを思い出して今更ながらこの「夜明け前」を読んだのですが、それほど作為的にではなく読む本を選んだつもりが、この本の内容はルソーのそれを彷彿とさせる日本版「自然に帰れ」であるところの宣長、篤胤などの所謂「国学」が全編を通したテーマであったので、これはなかなかずっしりと響くものもある様なところにきております。

本居宣長という人は、その生没年はほぼカントに等しい様な人で、即ちルソーとも洋の東西で同時代を生きた人ということになります。カントはルソーからも影響を受けたと言いつつ、カントのいわゆる「理性批判」とは「批判」と言いながらもその実は理性の肯定的な吟味であるのに対して、”純粋”な意味でも”実践”的にも(笑)理性の及ばぬところを鋭く見極めようとしているこの二人の言わんとするところは数多くの共通がある様にボクには見えるのですが、ルソーの「新エロイーズ」(1761)「エミール」(1762)「社会契約論」(1762)と宣長の「紫文要領」(1763)、あるいは、ルソーの「告白」(1770)と宣長の「直毘霊」(1771)がほぼまったく同時期に書かれたものであるというのがボクにとっては何とも感動的な発見で、また、宣長が紫文要領を脱稿したその年は、賀茂真淵に生涯一度限りの教えを受けた「松阪の一夜」などということもあったそうで、また、このブログらしいところに少々脱線しますが、6歳のモーツァルトがシェーンブルン宮殿で御前演奏をした際に7歳のマリー・アントワネットにプロポーズしたという、本当かどうかわからないけどとても有名なエピソードのあるのもこの辺り、1762年の出来事であるとか、ベートーヴェンの誕生は1770年の出来事であることとか・・・何と言いますか、今年の正月などもそうだったのですが、久しぶりにハイドシェックの噂をしたその瞬間に本人から久しぶりに電話がかかってきたという様な、そんな不思議も感じます。ハイドシェックに限っていえば、この人にはこういうことがしょっちゅう当たり前の様にありますが(笑)

ボクのいう「辺縁系」は、どちらかといえば、この古意(いにしえごころ)や自然人の概念に近いものだと思うのですが、以前「マキャベリ的〜〜」という本を読んだ中で、サルの時点で既に新皮質が相応に(マキャベリ的に)発達しているという事実が見えて、なので、国学の中世否定・神武起原を遥かに遡らなければならず、飛騨人や縄文人(飛騨人云々で話題となっていた縄文型遺伝子は朝鮮半島にも分布するという事実を後で確認して「だよね。。」と思ったのはまた別の機会にでも。)、ルソーの自然人をすら遡らなければならないのでそれはほぼ幻想の域なんですが、「去年の雪、いま何処」から始まって、思えば遠くまで来たものです(笑)

幸か不幸か、この1年ほどはちょうどいい案配で犬たちとゆっくり過ごす時間が出来ました。そんなわけで「積ん読」のまま溜まる一方の本なども読んだり、また積んだり(笑)、一連の「もやもや」にも何となく筋道の様なものも見えたり隠れたりする感じになっておりますが、意外と、”古代の人に見る様なあの直ぐな心” などというものは、自分が既にどこかに持っていることを忘れがちだという様な、そんなことを偉大なる諸先輩方、そして、犬たちから教えてもらっている気がします(笑)
もちろん、フランスのおじさんからも(笑)

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